露地裏骨董。 気になる商品がございましたら、「商品の問い合わせ」欄からご連絡ください。詳細説明、追加写真などをお送りします。 国分寺市本町2-25-15 ℡ 090-1400-7141 12:00〜20:00(日曜13:00〜19:00)
通称「たけひのおやじさん」は、青空骨董市やデパート骨董フェアなどを、最初に始め定着させた方です。十年くらい前から、いつも行く仕入市場でご挨拶するていどの関係でしたが、当時でもう80代なかばくらいだったでしょうか、そのファッションがかわいくて、いつも写真とらせていただいてました。スタジャンにもんぺ、首にてぬぐい、足にはスニーカー。ひとつひとつがめちゃかわいい。当時の店のスタッフ、古着好きのユーキャンはおやじさんに会うたびに「ずるい、ずるい」を連発してたっけ。セリ値のつかなかった山を、「買うよー!」といつもひきとっていたのは、その業者や市場を助けるためだったのでしょう。そのせいかおやじさんの店には、なんでも並んでいました。この、「何でも売る」ということ。自分の選択眼や審美眼などにこだわらず、縁あって来たものをただ売る、といういさぎよさには、とても考えさせられます。きびしい選択を貫くのが「古道具坂田」の坂田さんなら、おやじさんは、その対極の雄だった、と思う。自分を含めたいていの業者は、そ
の中間にいる。まだまだおやじさんをウォッチングしていたかったな。ご冥福をお祈りします。
の中間にいる。まだまだおやじさんをウォッチングしていたかったな。ご冥福をお祈りします。
友達が始めた店の、仕入れと店番を手伝いはじめたのが、95年。三年後に経営をひきつぎ、ずっと「旧名百町森」のままやってきました。それから8年くらいたって、思い立ったのです、屋号を変えよう、と。もう8年守ったから、そろそろいいよね。これ何て読むのって聞かれるのに疲れてたし、「プーさんの童話が好きなのね」と思われることにもうしろめたい思いがあったのでした。プーさんはすきだけど、ピーターラビットも同じくらい好きだったし、自分は何よりも宮沢賢治が一等好きだったからです。考えてみると、店を二つも経営してきて、一度も自分で屋号をつけたことがなかったんでした。札幌で8年くらいやった「ジャズ喫茶アイラー」も前経営者のをひきつぎ、フリージャズをかけるというコンセプトもひきついでしまった。主体性なかったんでした。で、新屋号は、とっさの思いつきで「上海リル」。それから5年たって、やっとなれてきたです。当時のスタッフ、ひろみちゃんは電話で「はい、シャンハイリルです」というのに苦労していた。これはこれで「中国
のものあるの?」(ありません)ときかれたり、領収書宛名が「上海ビル」だったりして、やっぱり、めんどくさいのでした。
のものあるの?」(ありません)ときかれたり、領収書宛名が「上海ビル」だったりして、やっぱり、めんどくさいのでした。
馬酔木の一番花を、最近仕入れた首長の古いフラスコに。
リルを手伝ってくれたカクが、多摩美卒業とともにリルもリタイア。店でバイトしたいと言ってくる人は、古いものが好きで好きで、という人がほとんどなのですが、カクは「大衆居酒屋でバイトしててとても疲れたので」という、よくわからない動機を述べたのでした。もう一人は武蔵美卒業してからアクセ関係でバイトしそのまま就職してからもリルを四年も手伝ってくれていたアイマイ。貴重な休日だったのに、ありがとう。お別れ会は、みんな大好きなトネリコさんで、と思ったのですが、人数多すぎ(OBいれて九人参加)またいつものリルの二階での、各人持ちよりのビンボーくさい飲み会となったのでした。モノをよけて、イスを並べて、なんだか物置小屋か秘密基地で飲んでるみたい。声かけられなかったOBの皆さん、また集まって飲もうね。カク、アイマイ、長いことお世話になりました。いつでも遊びにくるんだよ!