露地裏骨董。 気になる商品がございましたら、「商品の問い合わせ」欄からご連絡ください。詳細説明、追加写真などをお送りします。 国分寺市本町2-25-15 ℡ 090-1400-7141 12:00〜20:00(日曜13:00〜19:00)
ナナ・ヴァスコンセロスへの追悼になってしまったジスモンチのライブへ行った。
今はジスモンチだっけ、ギスモンティだっけ (昔はこっちが一般的だった) と、書く前に10秒くらい考えてしまう古い人間です。
アルバムもECMデビュー作「輝く水」('76) からの数枚と、「マジコ」しか聴いてない。
で感動していたかというとそうでもない。
音はきれいでテクは華麗だけど、アフタービートじゃないし…なんて。
今日初めての生ジスモンチを聴いてすぐ思ったのは
ECMダメじゃん!
ということ。
生の音のふくよかさやビビッドさ、ダイナミズム、レコードと全然違うじゃん! と。
どんなに目と耳を集中させてもあの演奏の複雑さのしくみはわからない。
主旋律とリズム、のみならず、主旋律とそれを追いかける主旋律、副旋律、それらが複合してる音。 そして一番凄いのは、全体がグルーブしている!
前半がギター、休憩はさんで後半がピアノだったけど、楽器がいくら変わってもジスモンチはジスモンチ、音楽は変わらない。 ダイナミズムとともにとても繊細。
ただ私にはナナあってのジスモンチ音楽だったので、ナナの不在は寂しかった。
いくらナナの気配はジスモンチに内包されてるのさ、と(その通りなんだけど) 思おうとしても。 生身が欲しい…
でも一番悲しいのは長年の相棒を失ったジスモンチ自身に決まってます。
アンコールでバーチャル共演をした彼は、もうとっくに乗り越えて、ナナの楽しさを会場いっぱいに伝えていました。
終了後思ったのは
「惜しい! これだけの演奏する人ならもうちょっとでフリー行けるのに!」
(いやいや、行きたくないから。)
余談ですが。
ECM憎し、の感情は今も残っていて、仕方なく持っているのもあるのだけど。
なぜって、雑味を削ぎ落としてジャズの醍醐味を消して、どんな人でも「ECMミュージシャン」にしちゃうからね。
ヤン・ガルバレクやキースは合ってるかもしれないが、AEOCやリベレイションミュージックオーケストラを聴いたときには
「ECMに見込まれたら終わる」
と思っていた。
(あ、思い出した。「戦死者たちのバラード」を出したとき「リベレイション」という言葉を使ってはいけない、って言ったんだ、ECMは。)
まあデジタルリマスターCDばかりになった今となっては、もうどうでもいいんですが。
===============================
PR
この記事にコメントする
いいなあ
生ジスモンチ観れたのですね!
つかみどころの無さというか懐の深さというか・・
ECM・・う~ん、割と好きなんですよね~
土着の音楽家をガラス張りのステージに上げて、灰汁や澱みのない音質で演奏させる・・肝心の部分が削ぎと落とされてしまう、反面、抽象化されて浮き上がってくるものも・・
どうでしょう?
つかみどころの無さというか懐の深さというか・・
ECM・・う~ん、割と好きなんですよね~
土着の音楽家をガラス張りのステージに上げて、灰汁や澱みのない音質で演奏させる・・肝心の部分が削ぎと落とされてしまう、反面、抽象化されて浮き上がってくるものも・・
どうでしょう?
ECM、その割にもっていたりして。
け、ECMだよ、と思うのと、ECMもいいじゃん、と思うのが両方ですよね。
AEOCなどは前者ですね。
デイブ・リーブマンの「ルック・アット・フォーム」、何でCD化されてないんだろうと長年思ってましたが、昔早々とECMとケンカしたらしいですよ。
ジスモンチ、ライブの方がずっと土着的な感じがして、ナナがいればもっとだったと思います。 千手観音が弾いてるみたいでした!
ナナとともにチャーリー・ヘイデンへのオマージュも。
札幌からカレーの五◯堂の五十嵐さんもいらして、初めてご挨拶。
念願の「相対性組曲」をいただいて、聴きまくってます。おりんと念仏?で始まる冒頭はナンだけど、いいよ〜。
AEOCなどは前者ですね。
デイブ・リーブマンの「ルック・アット・フォーム」、何でCD化されてないんだろうと長年思ってましたが、昔早々とECMとケンカしたらしいですよ。
ジスモンチ、ライブの方がずっと土着的な感じがして、ナナがいればもっとだったと思います。 千手観音が弾いてるみたいでした!
ナナとともにチャーリー・ヘイデンへのオマージュも。
札幌からカレーの五◯堂の五十嵐さんもいらして、初めてご挨拶。
念願の「相対性組曲」をいただいて、聴きまくってます。おりんと念仏?で始まる冒頭はナンだけど、いいよ〜。