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2017年08月24日 (Thu)
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2014年09月03日 (Wed)
「見ること。 限りなく見ること。 見ることの重要さが失われるときはいまだかつてない」 (青年吉本隆明)
このフレーズが何かにつけ脳内リフレーンするので、 正確な言葉は何だったかなと、 洗濯機を回しながら、ある本を手にとったばかりにまた入り込んでしまう。

3・11後の時期を、 私は荒地派の詩人たちと青年吉本隆明の 「初期ノート増補版」(試行社)  を読んで過ごしていた。
この混乱の捉え方を、 間違えたくなかった。
そのためには悔恨をもって戦時期を捉え、「自分にだけは間違いのないように」 戦後期を歩きだそうと格闘したこの先人たちが必要だった。

その頃、 世の中にはゲスな悪意と軽い善意が溢れてるように感じていたから。
当時眼にした池澤夏樹さん、 高橋源一郎さん等の文は 「泥沼のなかの宝石」 みたいに思って読んだ。 あれから三年半。

「あやまつてはならない。 民衆のために! それは疑ひもなく、 生きた具象的な個々の人々のためにといふことだ。 祖国のために! こんな空虚な言葉が存在するだらうか。 僕らには祖国などといふものはないのだ。 支配者はいつもそのやうに人々を架空なもので釣り上げる。」

「結局は〈そこ〉へゆくに決まつてゐる。 だから僕は〈そこ〉へゆかうとする必要はないはずだ。 〈ここ〉をいつも掘下げたり切開したりすることの外に、 僕に何のすることがあるといふのか。」('50年。)

古いだろうか。
私にとっては、on time なのだけど。





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悪意の表現(自覚はあるの?)
俺は観ること聴くがさらに読むことが好きみたい。 書くことは憧れるが下手くそ。
悪意の表現は今日映画で観て感じた。 タイトルバックで余韻に浸る間もなく電源を切り、なんだよ!と言う。ホラーだったが「セブン」以来の不快感。 タイトルは「フッテージ」観てはいけません。 マゾな快感に浸りたい方はどうぞ。
感性はいろいろなんだから、なんて関係ない。 焚書というのがあるが、焚ビデオだ。 あふれでる表現はいいが、巧妙な悪意はたちが悪い。 3・11後の某Fテレビの中年女性キャスターの中継時の口ハサミ、震災CMの気持ち悪さに表現の品性を疑い気がふさいだ。 一方方向の垂れ流し金ぼろぎぬをひきずっているのが透けてみえる表現は怒りの対象だ。

それらも卵焼きにソースか醤油かなにもかけない、程度のことかなあ?
自覚はあるのか 無自覚だろうなぁ 俺もか!
かつみ 2014/09/29(Mon)00:25:40 編集
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