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2017年08月17日 (Thu)
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2011年11月14日 (Mon)
「死ねば死にきり。
自然は水際だっている。」 (高村光太郎)

この言葉は、 身近な死んだひとを思い出したあとに、 必ずセットになっていつも心に浮かんでくる。
ほんとに、 そのとおりだなあ、 と思う。

私と母親の間には色々な確執があったので、
世話をしに通ってる間も、 私は優しいだけの気持ちにはなかなかなれなかった。
だけど、
「ここにいるのは、 自分とは関係がない、 一人の老人である。」
と思うと、 すごく優しい気持ちになれることがわかったので、
そう思うのは私のおまじないのようになった。

老人はだれでも、 永く生きた分、 たくさんつらい思いをしてきたはずなので、 それだけでもう大事にされなきゃいけない存在なのだ。
老人の小柄な体は、「苦労」 という成分でできている。 (人格の問題じゃない。)
 
こういうことを、 私はぎりぎり思いつめないと思い至らない。

(業者Kさんが老人を語ると、 口が悪いので、 「くたばりぞこない」 とか 「もうすぐいなくなるぞ」 とか いつも憎まれ口をたたくのだけれど、 その裏にすごく情を感じさせるのです。
ひょうひょうと軽くて、 先天的に情がある、 ってなんていい資質なんでしょう。
私はそういう人じゃない。)

この世に生命体が生まれてくるということは、
とてつもない、 不思議なことだけど、
この世から、 一つの生命体が消えていく、 ということも、
とてつもないことで、
とてつもない、
ということを、 存分にうけとめないといけない、 という思いがあります。

母親だから、 じゃなく、 「どうしようもなくその人の若いときから知っている、 一人の老人」 だから。
でないと、 落し前がつかないのです。
人の死に、 生者の思惑や作意が加わると思うと、 それができない気がするのです。





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