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露地裏骨董。 気になる商品がございましたら、「商品の問い合わせ」欄からご連絡ください。詳細説明、追加写真などをお送りします。                                                  国分寺市本町2-25-15     ℡ 090-1400-7141   12:00〜20:00(日曜13:00〜19:00)

2024年04月27日 (Sat)
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2011年07月29日 (Fri)

えっと、愛聴盤です。
これ、72年に世にでたのですが、80年に店を閉めるまでの間ずっと、リクエストの多い 「隠れた人気盤」 だったのでした。
なぜ、隠れた、なのかというと、一時期に一気にブレイクしたわけではないからです。
これはうちの店だけの現象かとずっと思っていて、ひそかに 「うちのお客さんはマスコミに煽られず、自分の耳だけで聴いているいい感性のお客さんだ」 と思っていたのでした。 
後でいろいろな方に話をきくと、何のことはない。 あちこちのお店でも同じ現象をおこしていたらしいのですね。

そんな 「幻のレコード」が、五年くらい前にやっとやっと、CD化された。
(どれだけ待っていた人がいたことか!)
哀感のあるテーマに重量感いっぱいの演奏。
クリフ・ジョーダンのくぐもったテナー。
いい音楽は、その場と別の世界に 「持っていかれる。」 (いい美術展示もそうですが。)
インナーかアナザーかわからないけど。
この一曲目 「VIENNA」 は、持っていかれます。
録音が悪いせいで、遠くから、たとえば、真っ暗な宇宙の彼方から聴こえてくる彼岸の音楽みたいに、私には感じられる。
この世じゃない、イン・ザ・ワールド。
録音が悪いのもあながち悪いことばかりじゃない。

このレコード、じつは私にとって謎だらけなのです。
まず、メンバー。
ドン・チェリーとウィントン・ケリーが一緒にやるというのが、ふつうありえない。
騒音係のドンはいい効果出しているし、W・ケリーもいつものコロコロした粋なピアノじゃなくて、新主流派的な演奏をしているので、絶妙に合ってるのですけど…。
参加は、どういういきさつで? とずっと思ってました。
3、4曲目の、ケニー・ドーハム、リチャード・ディビス、エド・ブラックウェルの顔合わせも、私には謎ですが。(ドンとW・ケリーほどじゃない。)

でも一番の謎は、ハード・バッパーと思っていたクリフ・ジョーダンが、いきなり (と思う) このようなスピリチュアルなアルバムを作ったこと、ですね。

時代の雰囲気、というものもあったのでしょうか…。



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2011年07月25日 (Mon)

日曜の早朝、骨董ジャンボリーに行くときの一番の難所、外堀通りから日比谷交差点を曲がるところをいっぱいいっぱいになって運転しているときに、ユーキャンから 「エイミーが死んだ」 というメールが来た。
やっぱり、と思った。

エイミー・ワインハウスの 「バック・トゥ・ブラック」 が出たとき、すぐにはまって店でエンドレスでかけていたので、当時のお客様の店内物色にはもれなくエイミーの歌がついていたはずです。
そのメイクやファッションと同じく、意図的にレトロポップな音楽。
声は二十代前半とは思えないくらいドスがきいている。
歌詞は…。 元カレと寝て今の彼氏に気づかれて床にうずくまって泣いたりとか、ナイフを突き刺したのはどっちからだったかしらとか、彼は妻の元に帰り私は暗闇に戻る、とか。
 「あんた、どんな男と付き合ってきたの?」 と思わず言いたくなる。
でも、ライブDVDを観たら、とても繊細そうで小動物のようにオドオドしていた。
観客席に向かって、 「パパ、どこにいるの?」 と不安げに言ったときはすごく可愛かった。
正直で、飾れない子なのです。
で、歌はすごくうまい。

キャロル・キングのようなナチュラルに 「いい人」 ってアメリカから出てくるような気がするけど、イギリスってエイミーのような女が出てくる国なんだよね。

アル中は病気だから、奇行などは病気の症状で、本人の性格や努力がたりないという問題ではないと思います。
周囲が、もっと強制的に長期的に治療させてあげないと。

当時ユーキャンに、エイミーいいよって薦めたら、「一発屋の気がする。」 と言っていた。
その通りだった。
二枚のCDと一枚のDVDを世に出して死んでしまった、ほんとにほんとに見事な 「一発屋」だったなあ。


2011年06月17日 (Fri)

ケータイの充電機能が壊れて、しばらくブログできませんでした。
電池交換して復活したけど、なんですね、手足をもぎとられた気分になりましたね。
パソコン出来ないのでなおさら。

オオタマサオさんが、ドローイングの展示中です。
国分寺駅北口一分の、ギャラリー LES JEU (レ・ジュ) にて。
(地蔵通り。 ライブハウスGEEの向かい。 旧花屋パルテール北口店さんの建物。)


一度目はオオタさんに誘われて、二度目は店スタッフりょうくんに見せたくて、すでに二回行きました。
(絶対りょうが気に入ると思ったので。)

オオタさんは本職写真家ですが、とても余技とは思えない力です。
過去の作品ファイルを拝見すると、顔という同じモティーフなのに、全然マンネリに陥っておらず、手癖で描いているのでもなく、みずみずしい、なんといったらいいのかな、「インスピレーションの現場感」 にあふれている。

これだけ生きてこられて、 (失礼) コマーシャル写真の業界にいらして、古物の世界のアカ (ほこりか) にもまみれて、よくこれだけみずみずしくいられるものだと感心する。

何かをリセットし続けているに違いない。

何だろう。
多分、業績とか地位とか経歴とか偏見とか、オオタさんが直感でムダだと思ってるもの…?

わからない。
オオタさん自身もわからないと思うので、わからないまま保留していこう。

展示、6月いっぱいです。
時間は午後1時から11時くらいまで。
おでかけください。


2011年06月11日 (Sat)
O氏いわく。(急に匿名。 ミエミエですが。 人の感想を勝手に公表していいのかなと思ったので。)
イーストウッドの映画は、終わり方がなんか、残尿感あるんだよ。
「グラン・トリノ」 は、残尿感いっぱいだ、 と。

そういう感じ方もあるんだな、と思った。
残尿感ととるか、余韻ととるか。
私はいつも、エンディング正解、と思っているのですが。

マイノリティを馬鹿にしている、とも言った。
これも私の受け取り方は、真逆。
マイノリティとならず者には、優しいです。

残酷だ、とも言った。
これは、え、どこが? ですね。
SかMかといわれれば、彼は絶対Mだけど、(自分が理不尽に、めちゃくちゃ痛めつけられるシーンを必ず盛るの。) 登場人物が残酷な目に会うのも、現実が残酷な程度だと思います。

私なんかイーストウッド好きすぎて、タイトルロールに 「マルパソ・プロダクション」 って出るだけでいつも胸がいっぱいになるよ。

日頃の友達との会話だって、自分の言いたいこと書きたいことだって、人にしたことだって、したかったことだって、してもらったことへのリアクションだって、たいていは 「残尿感」 あるでしょ。
こんな病状みたいな言葉じゃなくて、 「心残り」 といいたい。

私は、アメリカの監督に、こんな湿り気がある人がいる、ってだけでいいんです。

ずっと商業映画の土俵で自分のやりたいことをやる、って、インデペンデント作家でいるより腕力がいることだと思う。
娯楽性 (採算性) も、絶対手放さない、っていうのは、彼の健康な決意だと思う。

Oさん、あまり多くは見てないようなので、最初の 「恐怖のメロディ」 からずっと観てみて、ぜんぶ観て、と言いたいけどね、観ないだろうなあ…。
2011年05月30日 (Mon)
雨の日が続きます。
土曜の浦和骨董市も、前日に早々とあきらめて欠席の連絡をしました。
当日は降り方が微妙で、霧雨が降ったりやんだり。
これくらいなら出られたかな、という思いと、いや、やめて正解、という思いで揺れる。

雨の日は、出店料や駐車代、ガソリン代などの経費と、売上予測をはかりにかけて、赤字と思えばやめたりもしますが、お金の問題よりもほんとは 「品物をだめにする」 というのが一番憂鬱だからなのです。
紙もの、金属もの、電気スタンドなどの電気ものなどは濡れるとだめになっちゃうので。

で、家で録りためていたDVDの中から、ヴェンダースの映画 「ランド・オブ・プレンティ」 を観ることにした。
かねてから夫に薦められていたんですが、私、ヴェンダースはイマイチだと思っていたので、なかなか手が延びなかったのです。
失礼しました。
とても素晴らしい映画でした。

9・11から二年後の話。
ベトナム帰還兵で枯葉剤後遺症を患う中年男ポールは、「一人自警団」 となってロスの町を毎日パトロールする。
街を再度のテロから守るため、アラブ系と見ればテロリストと疑って追跡する。
妄想的で、滑稽で、哀れなパトロール。

実際あのテロのあと、アラブ系というだけで襲撃された事件が複数あったし、ベトナム帰りの、虚無的ですさんだ眼をした男の人も見たことがあるので、ああ、いそうな人だなあ、と思ったけど、
いそう、などころじゃなくて、
この男こそ 「アメリカのメタファー」 そのものなのでした。

思慮深く優しい姪のラナ (ミシェル・ウイリアムス。 かわいい。) を一つの救いとしてこの男に対比させるが、 
実のところ、それで男=アメリカが悪夢から救われるのか、誰にも、たぶん作者にも、わからない。
(アメリカは、この映画が作られたあとも相変わらず、偏執狂的に、西部劇のように、テロ叩きに夢中なので。
そしてアフガンやイラクからの心身ともに傷ついた帰還兵をさらに増やしたことだろう。)
でも、アメリカ大好きなドイツ人であるヴェンダースは、とにかく撮らずにはいられなかったんだと思う。

ラブレターである。
ラブレターには、誠実にお応えなさい、と思う。

アメリカ自身から、こういう映画を作る人が現れたら…、と思うけど、9・11を描いたのは、「ワールド・トレード・センター」 だものね。
ハリウッドの商魂はたくましい、というか…。
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